小泉純一郎の三男・宮本佳長と姉と嫁のエピソード&画像
小泉純一郎さんの家系の話ってそこまで詳しくなかったけど、機会があって調べてみると以外な事実がわかった。
意外と言っても自分が知らなかっただけの話だけど、そんな人のためにも聞いて欲しい。
小泉純一郎の子どもたちは長男の小泉孝太郎がタレントや俳優活動をし始めて割りと芸能界でも安定したポジションに位置していますよね?
絶妙にいいポジションにいるな~とテレビの前にいる自分からもわかります。
そして、みるみる頭角を現してきている次男の小泉進次郎。
彼が政界を引っ張っていくようになるのはまだ先かもしれないが、今もっとも見込みがある人物だと思う。恐らく支持率も高いと思う。
で、今回僕が知らなかったのは三男がいるってことです。
ただ、知らないのもしょうがないというか、公にしなかったんですよね三男の存在って。
そこには、小泉純一郎の嫁と小泉家の姉による少々面倒な問題が発生していました。
小泉純一郎の家族
三男・宮本佳長と姉と嫁の関係【画像】
どうやら、小泉純一郎さんと三男の宮本佳長さん、そして佳代子さんは絶縁状態だったらしいです。
話を辿ると、小泉純一郎さんの嫁は宮本佳代子さんでした。
1978年に結婚をしてその年に孝太郎を出産し、1981年に進次郎を出産しています。
その翌年1982年9月に2人は離婚してしまったのですが、その当時に佳代子さんのお腹には三男の佳長さんを授かっていたのです。
なーるほど!!
って感じです。
小泉三兄弟だったわけですね!ただ、なぜ絶縁状態なのか?それは離婚の原因に関係しています。
以下、引用です。
「結婚当時、小泉家の長男の嫁である佳代子さんは何もさせてもらえず、小泉さんのふたりのお姉さんが家の実権を握り続けました。そのため佳代子さんは孤独を感じるようになり、半ば追い出されるようにして家を出たんです」(小泉家関係者)
このとき、小泉氏は、「君子、去る者は追わず、来る者は拒まず、だな」と冷たく言い放ったという。
佳代子さんに女手ひとつで育てられた佳長さんは、中学卒業後、アメリカ・テネシー州の高校に留学。帰国後は京都の私立大学に通い、中国語を学んだ。しかし、この間も父・小泉氏や2人の兄たちと会うことは一度もなかった…。
「君子、去る者は追わず、来る者は拒まず、だな」いや、元総理!そんなあっさりと(;´∀`)
”彼は大事なものを盗んでいきました・・・あなたの心です”並の決め台詞決め込んでますけど、そりゃないんじゃないの(汗)
こんなことになったらそりゃ絶縁気味にもなりますわ!
ちなみに純一郎さんの姉の一人がが、小泉信子さんなわけですがこのかたの政治のパワーが強いんですね。
小泉純一郎さんよりキャリアも長いことから絶対なる信頼を寄せていたそうです。
しかも、長きに渡って秘書をしてますからね。
もう佳代子さんが敵う相手じゃないんですよ(汗)
現在は和解しています
この絶縁関係は30年以上経っていたようなのですが、佳長さんの結婚式前に彼の方から父親に会いたいという申し出があったそうなのです。
それから、佳代子さんは長男や次男と会うことはなく、純一郎氏も三男と会うことはなかった。しかし、2008年に純一郎氏が政界を引退し、後継者に進次郎氏を指名したことで、母子の節目が変わった。
「この時、進次郎さんは“家のことは任せた。お前たち3人は兄弟だから仲よくすればいい”と純一郎さんから告げられ、生き別れ状態の佳長さんと初めて連絡を取って食事会を催しました。それから孝太郎さんも交えて兄弟3人でちょくちょく会うようになりました」
その後の雪解けは早かった。2010年末には東京・赤坂のレストランで純一郎氏と3人の息子が並んで食事する模様を女性セブンが伝えている。そして迎えた2013年11月、佳長さんが結婚。式場のホテルオークラには小泉家全員の姿があったという。
いい話にまとまっているではありませんか(ToT)
ここまでくるのに30年かかっているわけですからね。すごい話ですよ(;´∀`)
ちなみに、宮本佳代子さんはあまりメディア出ることをひかえていましたが、不動産会社に努めていたこともあり「日本珍外住宅管理協会」のファオーラムで息子につたちへの想いを語っていました。
ただ、佳長さんは一切写真的なものは出回っていないようです。